―第一章 桜花学園高等学校―


第1話:衝突(1)


 艶々の腰まである黒髪と紺のブレザーとスカートが、春風に吹かれながら慌しく揺れている。空を仰ぐと快晴の青空が広

がっており、まさに小春日和だ。

「晴れてよかった! 昨日は雨だったからなー」 

 彼女は、学校前の信号に引っ掛かり、自転車のブレーキをかけると地面に足をつけて待機する。そこで、ふと近くにあっ

た桜木を見上げて嬉しそうに微笑む。

「桜が入学式までに散らなくてよかったわ。それにしても、淡い桃色が綺麗。お花見とかしたくなっちゃうよね〜。愛夢達

を誘ってしようかな?」

 楽しそうな音声で彼女は静かに呟き、信号が青になると再び自転車のペダルを扱ぎ始める。車道を一直線に走っていると、

桜花学園高等学校の文字が記された黒のプラカードを彼女は見つけた。

 ちなみにこの学園には、ある特有の存在が一緒に暮らしている。それは、桜花学園の名物でもある不思議な存在達で、毎

年新任の教師と新一年生が仰天することが恒例だ。しかしそれも最初のうちで、人間とは面白いもので、暫く経てば皆不思

議と慣れていくのであった。


そう言えば、carillon(キャリリオン)メンバーをもうすぐこの目で見れるのよね。楽しみだわ!!


 運動場側の門に到着すると、癖のある肩までの金糸の髪に黒曜石の優しい目をした男性天使が立っていた。痩せ型で、腰

にはシルバーのサッシュとサンダルを履いており、身長は百八十センチぐらいだろう。背中には、見るからに柔らかそうな

純白の両翼がふわふわと揺れていた。

 彼は、新入生である彼女と目が合うと、嬉しそうに笑顔で迎える。

「あっ、新入生だね? おはよう! まだ八時前なのに早いねー!」

「おはようございます! クラス発表が気になって……。えーっと……」

「僕はノルシュ。職員室で先生達の補佐をしているんだ。ほら、自転車置き場はこっちだよ。付いて来てくれるかな?」

 彼女は、彼の誘導に従うと入ってすぐ左手にある、屋根付きの自転車置き場に到着する。全部で三百台は止められそうな

広さだ。ノルシュは、歩きながら彼女に柔らかい口調で説明をする。

「自転車の場所は、特に決まってないけど、早く来た人は出来るだけ奥側に置いてくれると助かるよ。先に手前を止めちゃ

うと、後ろから来る人が立ち往生しちゃうからね。ちょっとした気遣いだけど、その方がスムーズに事が運びやすいんだ。

特に朝は、いつも混雑しているからね」

「やっぱり朝って混み合うんですね。わかりました。出来るだけ奥側から置くようにします」

「ありがとう。助かるよ。一度体験してみるとわかるから」

 彼女は納得した様子で、端に自転車を止めて鍵をかけ、籠に乗せていた紺の鞄を掴んで肩に掛ける。ノルシュは、先に門

へ向かって歩いていくと、彼女も後ろから彼に着いて行く。


ノルシュ先生って、柔らかい雰囲気の天使だな。それに気遣いとか出来るんだろうね。


「あともう一つなんだけど、ここに自転車を止められるのは八時三十分までだからね。遅刻者は、正門から入って右手にあ

る自転車置き場になるから覚えておいて。遅刻は三回すると欠席扱いになっちゃうから。その辺は、今日配布される生徒手

帳にも書いてあるからね」

「はい。わかりました。色々とありがとうございます!」

 門の前に戻ると、彼女は鞄をかけ直してノルシュに笑顔で感謝を告げた。すると、ノルシュは目を細めて嬉しそうに笑い、

最後に校舎に入る方法を彼女に伝える。

「校舎に入るには、そこの裏門の横にある裏口を通るといいよ。一年生の靴箱は、東棟にあるからね。本来なら、今日は正

門から入るべきなんだけど、自転車通学者は裏口なんだ。ちなみにクラス発表の紙は、東棟の一階に貼られているからね」

「わかりました! ありがとうございます! 早速、見に行ってきますね!」

 彼女はノルシュと別れて、早速裏口から校舎側に入っていく。まず、靴を履き替えようと東棟にある靴箱へ向かって勢い

よく彼女は走り出す。すると、突然パッと電気が光るように背高い男性天使が現れる。彼女は予想外の出来事に足を止める

ことが出来ず、勢い良く彼にぶつかり尻餅を付いた。

「……っいたぁ……何すんのよ?! 急に出てきたら危ないでしょ?!」

 怒号を口にしながら彼女はお尻を摩り、正面にいる端整な顔付きの彼を鋭い目付きで睨む。しかし彼は、呆気に取られた

まま彼女を見つめ返し、すぐに正気に戻ると謝罪を口にする。

「……ああ、悪かった。しかし、正面衝突してくるとは危ない奴だな。大丈夫か?」

 ショートへアで、癖のある金糸の髪をした天使が彼女の前で屈み、手馴れた手付きで怪我が無いかを確かめる。彼女は、

仏頂面をしながらも、次第に掌がいつもより熱を持っている事に気付き、右手に視線を向けた。

 すると美形天使は、彼女の右の掌を見て怪我をしている事に気付き、整ったブロンドの眉を顰めて再び謝罪を口にする。

「悪かった。右の掌を怪我したんだな。掠り傷だが、念の為に保健室へ行った方がいい」

「えーーーー!! 冗談でしょう!? こんな掠り傷で?! 水でササッと洗っておけば大丈夫だって!」

 大声を張り上げながら彼女は、嫌々と青い顔をしながら首を振ってその場から逃げ出そうと後退る。しかし、咄嗟に彼が

手を伸ばして引き止め、そのまま彼女を軽々と抱えてお姫様抱っこをすると悪戯な笑みを浮かべた。急に視点が高くなった

彼女は、黒眼を丸くして驚き、ジタバタと抵抗をして暴れるが無意味に終わる。余りに体格が違いすぎるのだ。

「ちょっ……ちょっと降ろしてよ!! 何で入学式の日に保健室なんて行かなくちゃいけないの?! 嫌よ!!」

「残念ながらその願いは聞き届けられないな。それにカルミヤに見てもらえば大丈夫だ。お前が心配するほど何もされはし

ない」

 彼女の拒否も無視して、彼は笑声に告げると彼女の紺の鞄を袂に入れる。その間にも、彼女は心底嫌そうに天使の腕の中

で暴れ続け、下ろすように大声で叫ぶが、彼には右から左へと聞き流されていた。どうやら彼は、やると決めたことは実行

するタイプのようだ。

「何が願いは聞き届けられないよ?! あんた天使の容姿の癖して、中身は鬼だわ。早く降ろしてよー!!」

「……誰が鬼だ。背中にある白い翼が見えないのか?」

「五月蝿いわね?! 今はそんな事はいいから、早く降ろしなさい!! ロハエドぉー!!」

 彼女の罵声と悪口雑言の台詞に、ロハエドは呆れながら溜息を吐き二人は保健室へ向かって歩いていく。事情を知らない

ものが、この事態を見れば眼を丸くする光景だろう。何があったのか気になる事態だ。

 次第に、彼女は諦めたのか漸く大人しくなり始めた。金髪碧眼の天使は、剥れ気味な由愛に歩きながら問い糺す。





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