[PR]音楽だけではないレゲエの世界

―第一章 天使の鏡 ―


第2話:クリスタリア(2)



 お店の奥にある直階段を、フルンとマイケルはゆっくりと降りて行く。ここは、フルンにとって思い出深い通路で、小学生の頃から

何度も昇り降りを繰り返してきた所だ。しかし、それも今日が最後だ。夢が叶ったからには、もうここを通る必要性も無くなる。彼女

は、悲哀な表情を浮かべて、小声で残念そうに呟く。

「もうここに通うことも、無くなっちゃうのかな……」

「そうじゃのう。でも、フルンちゃんが望むなら、私はいつでも大歓迎するよ。フルンちゃんは、よくここで遊んでいたから思い出深

い場所じゃろう?」

 マイケルの温かい言葉に、フルンはパッと顔を上げて喜色満面の笑みを浮かべる。まるで周囲に花が咲いたかのようだ。そのせいか

先程とは打って変わって彼女の声のトーンも、一段と明るくなる。

「……本当? また来てもいいの? マイケル叔父さんの迷惑になったりしない?」

「迷惑だなんてとんでもない! またいつでも遊びにおいで。フルンちゃんは、わしの孫のようなものじゃからな」

「嬉しいわ!! ありがとう!! マイケル叔父さん!」

 階段を下りるとすぐに広い空間が現れる。どうやらここが地下室のようだ。部屋の明かりは階段よりも明るく、周囲には最高級のロ

ココ調の家具や石像や絵画が複数ある。中でも一際目を引くのが、純金で作られた天使と人間が抱擁している像で、大人の背丈に匹敵

する大きさだった。

 他にも豪華なジュエリーやシャンデリアがあり、どれも美麗で輝きを放っている。それでもフルンには、とある商品しか見えていな

いようだ。他の商品には目もくれずに、目的の物を求めて奥へ進む。その先には、クリアなガラスケースが並べられており、その内の

一つの前にフルンは立ち、惚れ惚れとした視線を向ける。


やっぱり素敵!! 何度見ても飽きないのよね!! 本当に綺麗! 素敵過ぎる!!


 彼女の隣にいたマイケルは、白い手袋を付けてズボンのポケットから鍵を取り出す。手馴れた手付きで鍵を開けると、ガラスケース

の蓋が開き中身が露になる。フルンが幼少の頃から欲しがっていた商品が、久しぶりにガラスケースの中から取り出された。

「うわー凄い! 綺麗! ガラス越しとはまた違うわ!」

 それは、高貴さが漂うロココ調のアンティークの鏡だった。

 白色の天使が四方に装飾されており、黄金の細かいレリーフが太陽のように楕円形の周りを覆っている。表面を見ても、傷や色落ち

している部分は無く、大切に保管されてきた事が伺える。フランスのベルサイユ宮殿にあっても、違和感なくその場にマッチする品物

だ。今から数百年前、ヨーロッパ地方で作製された品物だと、以前マイケルが彼女に詳説していた。

 マイケルは、久しぶりに取り出した天使の鏡を持ちながら、穏やかな口調でとあることを彼女に伝える。興味津々なフルンは、彼の

優しい目をした碧眼に視線を向けた。

「フルンちゃん。実は、この鏡には不思議な仕掛けがあるんじゃよ」

「えっ?! そうなの? ……どんな仕掛けなの?」

「その答えを知りたければ、今夜月明かりにこの鏡を照らしてごらんなさい。素晴らしいモノが見られるよ」

 マイケルは、破顔一笑して、持っていた天使の鏡をフルンに手渡す。彼女は、落とさないように両手にしっかり抱えて慎重に持つと

ずっしりとした重みがやってくる。初めて両腕で天使の鏡に触れると、フルンは嬉しさの余り愛おしそうに力強く抱きしめていた。ま

るで小型犬のペットを両腕に抱き締めているかのようだ。


夢が叶ってよかったのう、フルンちゃん。


「じゃあ今夜、早速やってみるね。ちなみにマイケル叔父さんは、その仕掛けを見たことはあるの?」

「もちろんあるとも。とても美しく、神秘的なものじゃよ。あとは自分の目で確かめてごらんなさい」

 フルンは、改めて天使の鏡を眺める。ストレートの栗色の髪にチョコレート色の茶眼の目、今は自分の顔しか映っていない。装飾が

美麗であることを除くとごく普通の鏡だ。とても何かの仕掛けが施されているとは思えないが、そのままでも十分に魅力的な鏡だった。

 マイケルは、彼女の肩を抱いて更に言葉を続ける。

「今宵は幸いにも満月。仕掛けが発動するのは満月のみじゃよ。覚えておきなさい」

「仕掛けは、満月のみね。面白い情報ありがとう、マイケル叔父さん」

「どういたしましてフルンちゃん。さてと、表に上がろうかの。フルンちゃん、私が持とう」

「ううん。私が持ちたいの。ありがとう! マイケル叔父さん」

 そのままマイケルとフルンは、地下室を出てアンティークの直階段を上ると表のレジへ向かう。彼女は、天使の鏡を落とさないよう

に慎重にレジのカウンターへ置く。マイケルは鏡を受け取ると、割れないように厳重に包んでから丁寧に包装して箱に入れた。最後に

フルンが天使の鏡が入っている荷物を受け取り、彼にお礼を告げる。

「マイケル叔父さん、ありがとう! 天使の鏡、大切にするね!」

「きっと天使の鏡も喜ぶと思うよ。よければ宅配便で届けようかの?」

「ううん。自分の手で持って帰りたいの。だから今日は、自転車を置いてきたんだ。お気遣いありがとう!」

 レジ越しに大きな掌で優しく頭を撫でられて、フルンは嬉しそうに微笑を浮かべる。彼もまたとても嬉しそうに微笑むと、露草色の

碧眼だけが少し寂しそうに陰りを見せる。やはり孫のように可愛がってきたフルンが、これで来る事が減るのかと思うと寂しいのだろ

う。そんな様子にこれっぽちも気付いていない彼女は、いつものように明るい口調で別れを告げる。

「それじゃあマイケル叔父さん、また来るね!」

「またいつでもおいで。待っているよ」

 マイケルの大きな手が離れてフルンは天使の鏡を抱えながら、そのまま出入り口のドアを開けて外へ出る。ドアの外から彼女は小さ

く手を振ると、マイケルは穏やかな笑みを浮かべながら手を振り返した。


やったーーー!!! ついに、念願だった天使の鏡を購入する事が出来たわ!! 夢って叶うものね!!


 自宅に戻って、夕飯とお風呂をサッサと済ませた彼女は、興奮気味に購入したての天使の鏡を箱から取り出す。

「やっと夢だった天使の鏡を購入する事が出来たわ!! 嬉しすぎるー!! それにしても本当に綺麗だわ」

 興奮が冷めぬまま、次にフルンは天使の鏡を丁寧に両手でしっかりと抱えてる。何処に飾ろうか迷ったが、月明かりがよく差し込む

出窓の上に慎重に配置した。ちなみにこの部屋は、長方形のフローリングの洋室で広さは十四帖程ある。風通しもよく日当たり抜群の

南側の部屋で、西側にはテラスもあり大の字で寝転んでも十分に余る広さがあった。

「どんな仕掛けが見られるのかな? 楽しみだわ!」

 彼女は、期待に胸をワクワクさせながら、天使の鏡の隣で肘を付いて夜空を見上げる。暫くすると、雲の間から満月がひょっこりと

顔を出して、フルンは慌てて天使の鏡を満月に映す。


 その時だった。


 鏡面から膨大な金色の光が溢れ出し、直視をするのが困難なほど、眩い光が部屋全体に広がる。

「……何?! 何なのこれ?!」

 フルンは、何とか片目を開きながら吃驚した。一体何が起こっているのか理解に苦しみ、片腕で光を遮ぎながら天使の鏡を凝視する。


これが、マイケル叔父さんが言っていた仕掛けなの?!


 暫くして光が収まってゆくと、鏡面に変化が現れていた。さっきまでは小さな満月を映していたのだが、現在は、金色の数字だけが

鏡面内でゆらゆらと揺れながら整列している。数えてみると全部で十二個あり、フルンは小首を傾げた。

「……これって時計なの? 一体何処の外国の文字なんだろう?」

 試しに鏡面に反映されている時計のような数字を、フルンはよくわからないままタッチパネルのように適当に触れてみる。すると、

フルンの意識が徐々に遠退いていき、仕舞いには意識を失ってしまった。






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