―序章―
第0話:過去
「いよいよ明日は入学式だな。今年こそと思うのだが、どう思うユリアス? ここ十年は散々だからな」 金髪碧眼の眉目秀麗な人物が、隣に腰掛けている白銀髪の彼に問う。その眼は、真夜中の空を連想させる漆黒の色合いで、 広がったショートヘアの白銀髪によく似合っていた。体には純白のガウンを纏っており、腰には所属部隊の証であるバイオ レットのサッシュを巻きつけている。足元にも、同色の古代ギリシャ風のサンダルを履いていた。 ユリアスは、金髪碧眼の人物の問いに鼻で笑い返し、少々筋肉質勝りの長い脚を優雅に組み替えた。 「さあな。しかし、そろそろ本当にメンバーが欲しい頃だな。前回から既に十年は経過している。上もメンバーを探すこと に、苦労しているのかもしれない。桜花学園で過ごしていて、楽しいことは楽しいが……」 「この件に関しては、ウィラエルも手を焼いているらしいからな。セルフィオとケルロが話していた。ノーデン達には、何 かあったらいつでも呼んでくれとしつこく言われているが」 彼らの顔が脳裏に浮かんだのか、金髪碧眼の天使は微苦笑を浮かべる。どうやら彼は、あまり過保護に扱われるのは好ま ないようだ。程々に放っておいて欲しいタイプなのだろう。 ユリアスは、悪戯な笑みを浮かべて彼の脇腹を肘で小突いた。 「ウィラエル部隊上位隊長、部下に好かれることは良い事だぞ。俺の方は、怖がられてばかりだからな。何度メンバーが変 わったことか……。鬼畜だのドSだの、ホラを吹かれて挙句には上司のジュナエルに報告されたからな」 訳が分からないとばかりに、ユリアスは頭を振って苦笑を呈した。彼の言動を見て、ロハエドはユリアスと同じように苦 笑を浮かべたまま、落ち着いた声音で話す。 「ジュナエルに報告されるのだけは……勘弁して欲しいな。しかしユリアス、お前のチャラロムに対する対応を見ていたら 、 誰だって虚言じゃないと思うぞ」 「所でロハエド。明日からは理事長の娘が登校するらしいな。お前のクラスだろう? どんな娘か楽しみだな」 ユリアスは、口元を綻ばせて楽しそうに告げる。さっきのロハエドの話は完全にスルーのようだ。 「ああ、そう言えば理事長が宜しく頼むと話していた。一体どんな娘なのか気になるが、理事長に似て穏やかな娘なんじゃ ないのか? 楽しみといえば楽しみだな」 ロハエドは腕を組んで、思い出したような口調で話す。何せ、二週間前に言われた事なのだ。忘れていていも不思議じゃ ない。 「もし理事長に似ているとなると、あの穏やかな優しい雰囲気が似ているといいな。弄りがいのある子だと尚良い」 「それよりも、俺はどちらかというと探し部のメンバーを見つけたいんだが……。この学園にいることも楽しいが、このま まじゃルロ側にも行けない」 ロハエドは軽く溜息を吐き、星が瞬く夜空を見上げる。すぐ傍には、桜木が植えられており、風に吹かれて淡いピンクの 花びらを散らしていた。 そこで、ロハエドの元に、とある人物からテレパシーが届く。 ――あっ、ロハエド? 僕ノルシュだけど、明日もしかしたら探し部のメンバーが見つかるかもしれない! ――それは本当か?! お前の未来透視能力は、ほぼ間違いないからな。 ――ごめんね。楽しみを取るようで悪いから、言わない方がいいかな? って思ったんだけど、どうにも抑えられなくてさ。 ――いや、構わない。寧ろ教えてくれて助かったぞ。 ノルシュは、粗方説明するとロハエドとテレパシーを切る。隣席に腰掛けていたユリアスは、ロハエドから詳細を傾聴す るなり、嬉しそうに微笑みを浮かべた。 「ノルシュがそう話していたら、確率は高いだろうな。明日が楽しみになってきたぞ。久しぶりの探し部のメンバーだな」 「俺もだ。それならば、入学式の時に探りを入れるとするか。体力さえあれば、男女どちらでも構わないんだがな。あとは 能力だ」 「寧ろそっちの方が大事だ。それに、あれは相当走り回るから体力が無い奴は論外だな。まあ、そこをサポートするのも俺 達の仕事だが」 そこで、ユリアスはベンチから立ち上がり、背中にある純白の両翼を盛大に広げてグっと伸びをする。肩を回しながら、 ベンチに腰掛けていたロハエドに視線を向けて明るい口調で話す。ワクワクしているようだ。 「明日からは、また騒がしくなるな。久しぶりに生徒の顔を見れると思うと、やはり嬉しい。それに新入生も増えるから楽 しみだ」 「そうだな。まあ明日は、毎年恒例のあれになるだろうが。俺達の姿を見て、まず驚かない奴はいないからな」 ユリアスは、「ここじゃ、俺達は珍物扱いだからな」と悪戯な笑みを零す。 確かに、俺達を見て驚かない人間はいないからな。 「じゃあなロハエド、俺はそろそろ研究室に戻るぞ。もう一時過ぎだ」 「ああ、俺もそろそろ戻るとしよう」 ロハエドとユリアスは各自の研究室へ戻り、中庭が静寂に包まれる。まるで、先程まで彼らがいた事が夢だったかのよう に。 そこへふらりと、彼らが座っていたベンチに誰かがやって来る。傍らには、何かを連れて歩いているようだ。 「今夜の月は綺麗だね。そう思わないかい?」 その横にいた、相棒らしき小動物は静かにクーンと鳴いた。